アニメ『死亡遊戯で飯を食う』5話までの感想┃やっと判明するOP映像の意味

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こんにちは。れこぽんです🍋

最近一番ハマっているのが、
『死亡遊戯で飯を食う』です。
原作未読勢の私が、アニメ5話まで感想を書いていきます。

※一応ネタバレを含みますのでご注意ください。

①このアニメの不快感は「軽々と人が死ぬ」ことではない

最初は、可愛い絵柄と『飯を食う』というタイトルから
「ゲーム中にグルメを楽しむほのぼのアニメなのかな」
と思ってました。(呑気すぎる)

しかし、予想は大いに外れ…。
タイトルが『死亡遊戯』だけに、残酷なデスゲームアニメでした。

しかも、単なるデスゲームではなく
それを楽しむ観客がいる、というショーゲーム。
可愛い女の子たちが散っていく姿は
アニメだから描写がマイルドになっているにしても
とても恐ろしい光景でした。

1話が48分だったことは後で気付きましたが、
視聴後の疲労感と不快感は形容しがたかったです。
(普段デスゲームものを観ていなかっただけに)

ただ、この不快感は
「軽々と人が死ぬから」
というだけでは説明できないと思いました。
一体、この後味の悪さは何なのだろう。
私なりに考えてみました。

②決してぬぐえない「あやめている」という感覚

1話の後半で
幽鬼が金子にかけたセリフ

「気に病むことないから。青井さんは金子のせいじゃない。彼女はこのゲームに殺された」

あとの展開(幽鬼が金子をつぶしてゲームクリア)からわかるように、
この言葉はあまりに空虚です。

なぜなら、どこかで自分の手を下さなければ、
勝てないゲームの仕組みになっているから。
「自分のせいじゃない」というマインドを作ったとしても
結局は自分の選択と行動によって、誰かが犠牲になる。

実際幽鬼自身、ゲーム後のモノローグが震えてたように
わずかでも良心があれば
誰かを「あやめている」という感覚はそう簡単にぬぐえません。
そんな罪悪感を、観ている側も背負わされている気持ちになりました。

③同時に「全てのものに攻撃されている」という感覚

正直、1話の「GHOST HOUSE」があまりにショッキングすぎて、
2話~4話の「SCRAP BUILDING」の
幽鬼の危機や状況のヤバさがイマイチわかりませんでした。

それが本当の意味で分ったのは5話です。

後半、浴槽に浮かぶプレイヤーからわかるように
少しタイミングズレて合流した蜜柑は
あっという間に複数人から押さえつけられ溺死。

今までは、あくまでゲームのシステムによって死ぬのであって
他プレイヤーからの攻撃による死は、かなり衝撃的でした。

ここで、幽鬼の師匠である
白士のセリフ

「何もかもが自分の不利に働く。世界の全てから攻撃されているような気分になる」

これは30の壁に際してのセリフですが
その前に描かれた幽鬼の姿とも重なります。

ゲームで信頼を得られない者は負けも同然。
普段の日常生活での仲間はずれとは訳が違います。
孤立=プレイヤー全員から攻撃=死
を意味することがわかりました。

そんな「全てのものに攻撃されている」という感覚
あとから、徐々にわかっていくところも、
このアニメの気味の悪さだと思います。

④OP映像は、幽鬼の“夜の散歩”

夜の高速道路を映したOP映像は、
まるで映画のようで、1話からすごく引き込まれました。
他のアニメとは違う歌無しのインスト曲も、作品の世界観を表現していて良かったです。

しかし、よく観てみると、このOPが結構怖いことに気がつきます。
一人称視点で進む映像は、フェンス越しに観ていた場所から、ゆっくり道路上へ移動。
真ん中からあたりを見回し、前後から来る車を見送っていく。
最後は、向こうから走ってくる車へゆっくり歩き
まばゆいライトの光に包まれる、という映像になっています。

つまり、車にはねられる直前の映像ということです。(こわい)

この不可解だったOPの意味が、5話で判明しました。
ゲーム後の幽鬼の普段の生活では、趣味とする夜のお散歩シーンが出てきます。
後ろ姿の幽鬼が、フェンス越しに眺めている高速道路は
なんとOPの道路と同じ。つまり、OPの映像は幽鬼の視点だったことがわかりました。

目標とする99回のゲームクリアまで、あと69回もある。
30の壁を目前とする幽鬼の途方のなさと絶望感がひしひしと感じられました。
おそらくOPは、幽鬼の心の状態なのかもしれません。
自ら命を投げ出したくなる寸前まで追い込む死亡遊戯。
これは幽鬼の死への願望なのか。
はたまた、死に抗う姿勢なのか。(OPタイトルの『¬Ersterbend』から)
いろんな解釈が出来そうです。

⑤胸くそ悪くても観てしまう理由

青井さんの死に際や、善良な金子の結末を観て、
こんなに胸くそ悪さが残るのに、なぜ観てしまうのだろうか。

その理由は、
独特の緊張感美しさだと考えます。

スクラップビルディングでは、
言葉はもう無理だと予想していたのに、結果は智恵が敗者に。
原作を読んでいないと、次の展開が本当に読めません。
「いつゲームトラップが発動するのか」「次は誰が死んでしまうのか」
そんな緊張感が次第にクセになってしまっています。

そして、緊張感を浮かび上がらせているのが、
静かで美しい演出です。
キャラクターの目の描き込みが細かく、アップになると更に綺麗でキラキラしています。
なんだか他の美少女アニメとは別次元の可愛らしさです。
また、音楽の静謐さと不気味さが、このアニメの魅力をぐっと引き出しています。
おそらく、むごいシーンは原作より削っているはずなのに、
美しい演出で、余計残酷さを際立たせている感じがしました。

⑥このアニメの皮肉

こんな風に感想を書いていますが、
『死亡遊戯は飯を食う』を面白いと思う=作中のゲーム主催者&観客と同じ立場
を意味します。

私がこの作品を好きになって、面白いと言えば言うほど、
作中では顔が見えないけれど
苦しんでいる女の子たちの映像をニヤニヤ観てるおじさん(かもしれない)と
やってることは変わらないんですよね。それって凄く皮肉なことだなと。

現実世界でこの作品が評価されるほど、
「人は残酷で美しいものが好き」
「お金の為なら命を危険も厭わない」
そういった人間の本質と不条理な現実を突きつけてくるアニメだと思います。

最後に

『死亡遊戯は飯を食う』を見続けることは
己の残虐性を認める作業にも等しいので、なかなかハードではありますが、
毎週配信日を楽しみにしている自分がいます。

今後は、幽鬼の本当の思いや目的がさらに気になるところ。
原作はアニメが全部終わったあとに読んでみたいです。
あらためて、貴重な作品に会えて良かったと思いました。

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